今回は野球のバレルゾーンについてです。
バレルゾーンは「得点に繋がりやすい打球速度と打球角度の組み合わせの分類」です。
2016年のMLBでは、このバレルゾーン内だった打球は「打率.822、長打率2.386」となっていました。
バレルゾーン内の打球を打つことで、平均すると二塁打以上になる、という驚異的な数値であることがわかります。
得点はOPS(出塁率+長打率)と強い相関があります。
バレルソーン内の打球が増えることで得点が増え、勝利に繋がりやすくなるというわけです。
こういった背景もあり、MLBでは「バレルゾーン内の打球を打つためにどうすればいいか?」を目指すことになります。
これが「フライボール革命」です。
具体的にバレルゾーンの内容を見ていきます。
バレルゾーンの条件
わかりやすいのは下記の図です。
MLB.comの図に一部追加させて頂きました。
バレルゾーンの分類は簡単で、「打球速度(初速)」と「打球角度」の組み合わせで分類できます。
図の濃い赤色で塗りつぶされている部分がバレルゾーンとなっています。
打球速度が158km/hからバレルゾーンが現れ、その時の打球角度は26~30°です。
そして打球速度が上がるにつれ、打球角度の幅が大きくなり、打球速度186.7km/h(116mph)時に打球角度は8~50°となっています。
打球速度が上がれば上がるほど、バレルゾーンに入る打球角度の幅が増えるので、長打になりやすくなるという事がわかります。
具体的には下記の数値がMLB.comで紹介されています。
打球速度(km/h) | 打球角度(°) |
158km/h | 26~30 |
159.3km/h | 25~31 |
161km/h | 24~33 |
186.7km/h | 8~50 |
間も知りたかったので推測してみました。あくまでもイメージです。
打球速度(km/h) | 打球角度(°) |
160km/h | 24.7~31.7 |
165km/h | 21.6~35.1 |
170km/h | 18.5~38.5 |
175km/h | 14.8~42.6 |
180km/h | 12.3~45.3 |
185km/h | 9.2~48.7 |
打球速度が上がれば、その分打球角度の条件が緩くなります。
反面、打球角度さえしっかり出せれば、そこまでの打球速度が必要ないとも言えます。
こういったデータから「打球速度」や「打球角度」の重要性がわかり、フライボール革命へと至りました。
そしてMLBではバレルゾーンを指標の一つとして評価するようになりました。
Barrle%(打球がバレルゾーンに入った割合)
Barrel%の2024年MLBランキングが下記になっています(9/20現在)。
対象はフェアグランドに250回以上飛ばした選手です(BBE250以上)。
順位 | 選手名 | Barrel% | HR数 |
1 | アーロン・ジャッジ | 26.4 | 53 |
2 | 大谷翔平 | 21.3 | 52 |
3 | ジャンカルロ・スタントン | 20.3 | 25 |
4 | フアン・ソト | 20.0 | 40 |
5 | ブレント・ルッカー | 17.3 | 38 |
6 | マーセル・オズナ | 15.9 | 38 |
7 | オニール・クルーズ | 15.2 | 20 |
8 | コーリー・シーガー | 15.2 | 30 |
9 | J.D.マルティネス | 15.0 | 16 |
10 | エリオット・ラモス | 15.0 | 21 |
大谷翔平が2位となっており、21.3%という数字となっています。
ボールが前に飛んだ446打席が対象なので、95打席でバレルゾーン内の打球だったことがわかります。
大谷のホームランが多い理由が良くわかるデータだと思いますが、バレル%だけだといまいちイメージが湧かないと思います。
そこで、バレルの中身である打球速度や打球角度についてのデータを紹介していきます。
打球速度のMLBデータとNPBデータ
まずは打球速度からです。
MLBとNPBの平均データ
2021年のMLBとヤクルトの平均データです。
打球速度(km/h) | |
MLB平均 | 142.1 |
ヤクルト平均 | 137.5 |
MLBでは平均142.1km/hという数字となっています。
NPBはデータを公開していませんが、ヤクルトがホークアイのデータを公開してくれています。
ヤクルト平均は137.5km/hとなっており、MLB平均よりはやや低くなっています。
MLBの平均打球速度ランキング
2024年のMLBの打球速度トップ10は下記です。
対象はフェアグランドに250回以上飛ばした選手が対象です(BBE250以上)。
順位 | 選手名 | 平均打球速度 (km/h) |
HR数 |
1 | アーロン・ジャッジ | 154.5 | 53 |
2 | 大谷翔平 | 153.9 | 52 |
3 | オニール・クルーズ | 153.9 | 20 |
4 | ジャンカルロ・スタントン | 152.2 | 25 |
5 | フアン・ソト | 151.6 | 40 |
6 | ゲレーロ・ジュニア | 151.4 | 30 |
7 | ケーテル・マルテ | 151.0 | 33 |
8 | カイル・シュワーバー | 150.6 | 35 |
9 | タティス・ジュニア | 150.3 | 19 |
10 | オースティン・ライリー | 150.2 | 19 |
打球速度上位者はホームラン数も多いことがわかります。
ヤクルトの平均打球速度ランキング
2021年のヤクルト打球速度トップ5は下記です。
ヤクルトのみなので対象は100打席以上としました。
順位 | 選手名 | 平均打球速度 (km/h) |
2021 HR数 |
1 | 村上宗隆 | 148.5 | 39 |
2 | オスナ | 142.1 | 13 |
3 | 塩見泰隆 | 140.6 | 14 |
4 | サンタナ | 140.6 | 19 |
5 | 山田哲人 | 138.7 | 34 |
打球速度が速い選手は、それなりのホームラン数となっていることがわかります。
村上はMLBトップクラスに迫るほどの打球速度でした。
ホームラン数のわりに山田の打球速度が速くないことがわかります。
後述しますが、山田のホームラン数が多い要因は打球角度が高く、バレルに入りやすい弾道であることのようです。
なので、2~4位のオスナ、塩見、サンタナも打球角度を上げることが出来れば、山田のようなホームラン数になる可能性がある、という事でもあります。
以上は平均ですが、どこまでの打球速度が出るのかをご紹介します。
MLBの最高打球速度ランキング
MLBの2024年の最高打球速度でランキングしてみます。
順位 | 選手名 | 最高打球速度 (km/h) |
HR数 |
1 | オニール・クルーズ | 195.5 | 20 |
2 | ジャンカルロ・スタントン | 193.1 | 25 |
3 | 大谷翔平 | 191.8 | 52 |
4 | ウィリアム・コントレラス | 190.1 | 23 |
5 | ゲレーロ・ジュニア | 189.3 | 30 |
MLBトップクラスの選手の最高打球速度は190km/h以上という速度となっています。
バレルゾーンの解説でも書いた通り、186.7km/h以上なら8~50°の打球角度でバレルになります。
なので、ここまで速い打球速度が出せれば、ホームランになる可能性も高くなります。
打球角度のMLBデータとNPBデータ
続いて打球角度です。
MLBとNPBの平均データ
平均データは2021年のものです。
打球角度(°) | |
MLB | 11.7 |
ヤクルト | 11.1 |
MLB平均とヤクルト平均ではそこまで大差がありませんでした。
MLBの方が大きくなっているかと思いましたが意外な結果です。
理由はいろいろあると思いますが、ここでは割愛します。
MLBの平均打球角度ランキング
MLBの平均打球角度のランキングを見ていきます。
順位 | 選手名 | 平均打球角度 (°) |
HR数 |
1 | ドールトン・バーショ | 24.4 | 18 |
2 | アンソニー・サンタンダー | 22.7 | 43 |
3 | アイザック・パレデス | 22.6 | 19 |
4 | セドリック・マリンズ | 22.3 | 17 |
5 | カル・ローリー | 21.5 | 30 |
6 | リース・ホスキンス | 21.0 | 25 |
7 | アンディ・パヘス | 20.8 | 11 |
8 | ウィリー・アダメス | 20.5 | 32 |
9 | ムーキー・ベッツ | 20.5 | 17 |
10 | キーバート・ルイーズ | 20.1 | 13 |
参考 | 大谷翔平 | 16.9 | 53 |
打球角度上位者はホームラン数が多いことがわかります。
ただ、上位者でもバレルゾーンの158km/h時の基準である「26~30°」の間になっていないことがわかります。
打球角度を上げる事がそれだけ難しいという事でしょう。
ヤクルトの打球角度ランキング
順位 | 選手名 | 平均打球角度 (°) |
2021 HR数 |
1 | 山田哲人 | 23.9 | 34 |
2 | 西浦直亨 | 17.1 | 5 |
3 | サンタナ | 15.3 | 19 |
4 | 村上宗隆 | 14.9 | 39 |
5 | 塩見泰隆 | 10.5 | 14 |
山田の打球角度はMLBランキング上位者以上になっていることがわかります。
先ほども書いた通り、山田の場合は平均打球速度は速くありませんが、打球角度が非常に高くなっています。
それがホームラン数が多い事に繋がっているようです。
以上のように、打球速度と打球角度が実際にどれくらいなのか見ていきました。
現在は様々な機器で打球速度や打球角度が計測できるようになりました。
こういったプロのデータを参考にして頂き、自分のレベルを認識し、改善に取り組んでいっていただければと思います。
実際にこういったデータを活用し、ホームラン数が劇的に増えた選手として大谷翔平を例に紹介します。
打球角度を上げる必要性
先ほども言いましたが、打球角度の平均が一番高い選手でもバレルゾーンに入っていません。
その為、どんな選手でも打球角度を上げる意識が必要になってきます。
しかし、パワーがない選手も打球角度を上げる意識が必要なのか?
答えは「YES」です。
下記はMLBのデータから打球角度と打球角度と得点期待値の関係を表したヒートマップです。
縦軸が打球角度、横軸が打球速度、RVは得点期待値の平均です。
見てわかるとおり、バレルゾーン付近は得点期待値が1以上となっており、得点を増やす打撃結果となっている事がわかります。
注目したいのは打球速度が150km/h以下の部分です。
打球角度を上げることによって得点期待値を上げる打撃ができる事がわかります。
対して、打球角度が0°以下の場合は赤くなっており、得点を減らす打撃になっている事がわかります。
つまり、打球速度が速くない選手でも、打球角度を上げることにより、得点期待値を増やす打撃ができる確率を増やせるという事がわかります。
なので、どんな選手も打球角度を意識した練習をする必要がある事がわかります。
バレルゾーンからみる大谷翔平の改善
MLBでの大谷のデータを見てみます。
下記が各年度のBarrel%、バレル内打球数、HR数、です。
年 | Barrel% | バレル内 打球数 |
HR数 |
2018 | 14.7 | 33 | 22 |
2019 | 12.2 | 34 | 18 |
2020 | 10.7 | 11 | 7 |
2021 | 22.3 | 78 | 46 |
2022 | 16.8 | 72 | 34 |
2023 | 19.6 | 70 | 44 |
2024 | 21.3 | 95 | 52 |
大谷のBarrel%は2018年はまずまずの数値でした。
しかし、2019年、2020年と年々バレルゾーンに入る割合が少なくなっていました。
そこで、2021年のシーズン前に打撃改造に取り組んだというわけです。
2020年から2021年にかけて、Barrel%が大幅に改善されています。
バレル内に入る割合が大きくなり、HRになる確率も上がり、結果としてホームラン数が伸びたという事がわかります。
バレルを意識した打ち方の練習は計測機器が必須
大谷の例ではバレルを意識することで、打撃成績を向上させていることがわかりました。
このように、自分のデータを収集し、目指す位置と比較していくことは非常に重要です。
データ化することで課題が数値として明確化します。
目標の数値が明確化すればそれに向かって改善するだけです。
なので、データを収集する事が第一歩というわけです。
打撃に関するデータ収集機器を貼っておきます。参考にして頂けますと幸いです。
NHKで放送された大谷の特集では、BLAST BASEBALLを使って改善に取り組む姿が見れました。
このようにスイングの軌道を試行錯誤し、打球角度が付きやすいスイングを模索した結果、バレルゾーンに入る打球が増えたのでしょね。
打球速度は徐脂肪体重と相関がある
スイング速度と徐脂肪体重の関係については下記論文が参考になります。
P3の図1を見ていただくとわかりますが、徐脂肪体重があがるにつれスイング速度も右肩上がりになっていることがわかります。
なので、徐脂肪体重を増やすことがスイング速度を早くする近道であることがわかります。
もちろん、スイングスピードが速くなれば、ボールへより強い力を加えられるので、打球速度も向上するという事になります。
下記は2021年に計測された社会人日本代表候補のデータをグラフ化したものです。
バットの芯の近くで打てているかという違いもあるので、強い相関があるわけではありません。
しかし、スイング速度が上がると打球速度も上がっている傾向にあることがわかると思います。
大谷の体重は2020年には95kgでした。
2021年には7kg増え102kgになってるのは、打球速度向上のために徐脂肪体重を増やそうとした結果なのでしょう。
注意点と日本版バレルゾーン
最後にバレルゾーンの注意点です。
MLBのデータを元にしたバレルゾーンはあくまでもMLB球の場合です。
なので、日本の場合では少し違ってくると思われます。
ボールの違いは下記にまとめているのでご参考ください。
基本的に日本球の方が変化量が大きくなっています。
変化量が大きいとうことは回転によってボールに加わる力(マグヌス力)が大きいという事です。
つまり、揚力が大きいという事になります。
揚力が大きいので飛距離は増える傾向にあります。
なので、日本版バレルゾーンは
- 必要打球速度はMLBより遅い
- 打球角度はMLBより低くていい
という傾向にあると思われます。
打球速度に関しては速ければ速い方が良いので速さを求めればいいです。
しかし、打球角度は最適な「範囲」があります。
NPB球の場合は揚力が大きく伸びるので、打球角度をややライナー気味にするように配慮する必要があるでしょう。
ただし具体的な数値はわかりませんし、そもそも打球角度自体が低く出やすいものです。
なので、打球角度を上げる意識は必ず必要になると思います。
NPBでもトラッキングデータを公開してくれると、日本版バレルゾーンもはっきりするんですけどね。
コメント
バレルについて質問です。バレルを語る指標としてたいていBarrel%が用いられますが何故三振を含まない数値が主に使われるのでしょうか。それだと現中日のアキーノのようにBarrel%は高いけど三振が多すぎてOPSは並以下という打者も出てきてしまいます。他にもBarrel/PAがありますが何故ABではなくPAなのでしょうか。PAだと四球が多い打者はどうしても低くなってしまいます。打率のようにABから計算したほうがより打者のバレルを放つ能力がわかると思います。