今回は投手が投げるボールの回転情報から変化量を計算する式をご紹介します。
回転情報とは、球速・回転数・回転軸、です。
ここでは、ボールの回転による影響を受けなかったボールを変化量0として、その基準との差を回転による変化量としています。
論文による変化量の計算式
変化量の計算式は下記の論文で紹介されています。
具体的な計算式は下記となっています。
Sp = π× d× ω ÷ V ・・・①
*π=円周率、d=ボールの直径(m)、ω=回転数(rps)、V=球速(m/s)
Sp hor =Sp × sinφ・・・②
Sp ver = Sp × cosΘ × cosφ・・・③
Θとφはそれぞれボールの回転軸の傾きです。
*Θ=ジャイロ成分、φ=水平成分の傾き
ΔX=- 2283 × Sp hor + 50.2・・・④
ΔZ= 2092× Sp ver + 33.1・・・⑤
*ΔX=横変化量(mm)、ΔZ=縦変化量(mm)
つまり、球速、回転数、回転軸(水平成分の傾き、ジャイロ成分)がわかれば、変化量が計算できるという事です。
冒頭でも説明した通り、変化量は絶対的な変化量ではなく、あくまでもボールが回転の影響を受けなかった場合(自由落下)との比較なので、ご注意ください。
論文による計算式をMLBデータに当てはめる
MLBではホークアイと言われるシステムで、ボールの変化量や回転情報など、全投球において計測を行っています。
データはbaseballsavantから入手できます。
MLBが計測している変化量と、回転情報の計測結果から算出されたSp hor、Sp verの関係をグラフにしてみました。
*対象は2020年登板のあった160選手ほど


縦変化量については問題なさそうですが、横変化量の計算式が上手く機能していない印象を受けます。
変化量や回転情報は計測データなので間違えはないと思いますので、SP horの計算式に問題があると思われます。
SP hor の式を見るとピンとくる方もいると思いますが、横変化量の計算にジャイロ成分が使われていないことがわかります。
Sp hor =Sp×sinφ・・・②
φは水平成分の傾きなので、横変化量が水平成分の傾きだけで決まってしまっています。
その為、下記のように計算式を修正してみます。
Sp hor =Sp × sinφ × cosΘ・・・②’
Sp hor にジャイロ成分による影響を加えた形にしてみます。
この式で再度MLBデータを当てはめてみると右の修正後のグラフになりました。


横変化量にジャイロ成分の影響を加えたところ、より直線状にまとまりました。
改めて変化量計算式を導いてみる
修正後の計算式で出たグラフをもう一度出しておきます。


それぞれのグラフに記載してある近似直線は下記となっています。
ΔX = -217.05 × Sp hor -0.9491・・・④’
ΔZ = 214.45 × Sp ver + 4.2888・・・⑤’
*ΔX=横変化量(cm)、ΔZ=縦変化量(cm)
以上の式と球速、回転数、回転軸の情報からある程度の変化量を計算することが出来ます。
「ある程度」と付け加えたのは、誤差が大きいからです。
例えば、横変化量のグラフの SP hor = 0.1 あたりを見ると、横変化量が-40~-15あたりまで幅広く出ています。
その為、ある程度の変化量の傾向はつかめますが、正確性には乏しいと思われます。
変化量の誤差は縫い目の影響がある?
ダルビッシュの2020年の4シームのデータを上記式に当てはめると、トラッキングデータとの乖離が出ています。
計測 | 計算 | |||
横変化 | 縦変化 | 横変化 | 縦変化 | |
4シーム | -15.7 | 46.5 | -20.0 | 43.0 |
このままでも参考にはなりそうですが、やはり正確性に欠けていることがわかります。
そこで先ほどのグラフを球種別に分けてみると、原因がなんとなくわかってきました。


赤線は先ほどの近似直線です。
まず、横変化量のグラフですが、チェンジアップが近似直線に比べ全体的にシュート変化量が多くなっていることがわかります。
またカットボールやスライダーが近似直線に比べスライダー変化量が多くなっています。
以上から、トータルとしてややシュート変化方向に引っ張られており、結果として4シームのシュート変化が大きめに出てしまっていると考えられます。
続いて縦変化量のグラフですが、4シームが全体的に縦変化量が大きくなっていることがわかります。
その為、近似直線と4シームの縦変化量のギャップが大きくなっていたと考えられます。
この差が起きる原因は個人的には縫い目の影響だと思っています。
その為、縫い目による影響を少なくするために、球種別で計算式を用意してあげる必要があると考えました。
4シームの変化量のグラフ
4シームだけでグラフ化してみました。


これでもまだバラツキは多い印象ですが、先ほどよりはだいぶまとまっている印象です。
変化量を求める計算式は近似直線から下記となります。
ΔX = -202.16 × Sp hor – 0.0176・・・④”
ΔZ = 206.69 × Sp ver + 9.4007・・・⑤”
*ΔX=横変化量(cm)、ΔZ=縦変化量(cm)
ダルビッシュの2020年の4シームのデータを上記式に当てはめると下記になりました。
計測 | 計算 | |||
横変化 | 縦変化 | 横変化 | 縦変化 | |
4シーム | -15.7 | 46.5 | -17.8 | 46.7 |
先ほどよりはだいぶ計測値と近くなっています。
球種別に変化量を求める式を決めてあげることで、ある程度使えそうな感じであることがわかりました。
特に縫い目の傾向が近い「4シーム」に関しては、まずまずの精度であることがわかりました。
ジャイロ系(スライダー・カットボール)の変化量のグラフ
続いてジャイロ系のボールであるスライダーやカットボールだけでグラフ化してみました。


4シームと比べると、近似直線に対しての幅が広くなっており、誤差が大きいことがわかります。
ジャイロ系ボールは、縫い目の使い方が様々です。
その為、ボールの回転とシームの位置関係のバラツキが多く、結果として縫い目の影響が大きく出ていると思われます。
例えば純粋なジャイロボールの場合は、1シーム、2シーム、4シームという縫い目の違いだけで変化量が変わってきます(空気抵抗が変化し終速に違いが出ることで結果として変化量が変わる)。
具体的には下記記事が参考にしてみてください。
>>【硬式野球ボールの縦スライダに関する流体力測定と飛しょう軌道解析】論文レビュー
こういった実験データと計算式のバラツキから、縫い目の影響がありそうだと言えそうです。
まとめ
以上が変化量を求める計算式の紹介でした。
縫い目の影響を考慮し、球種別に計算式を用意してあげることで、ある程度精度を上げることが可能です。
しかし、それでも計測値との差は数cm単位で出てしまいます。
特にジャイロ系のボールは誤差が大きい傾向にあります。
おそらく縫い目による影響だと思われます。
その為、回転情報から変化量を推測する場合には、ある程度誤差があるということは認識しておいた方が良さそうです。
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